体育会系商社マンの米国株投資

経済的自立を達成し、会社に帰属せずとも自分らしい自由な人生を目指しています。

ChatGPTモーメントと自動運転

エンジニア/起業家/投資家である中島聡さんのメルマガ(月額880円)を定期購読しています。

前回の記事では中島聡さんと、その著書をご紹介しました。beikabu-fire.com

そのメルマガの中で、自動運転に関する興味深いコメントがあり、「出典を明確にする限り、ブログ等への引用OK」とのことで、本日はそのご紹介と考察です。

=以下メルマガ『週刊 Life is beautiful』から引用=

ChatGPTモーメント、自動運転

英語には「ChatGPTモーメント」という表現があります。それまで「使いものにならない」と思われていたAIチャットが、ChatGPTの誕生により、突如、役に立つことが多くの人に理解され、あっという間に私たちにとって「なくてはならない」存在になってしまった現象を指します。

同様の言葉に「iPhoneモーメント」があります。当時、(日本のガラケーに代表される)ネットに繋がる携帯端末がぼちぼちと出て来てはいたものの、まだ私たちのライフスタイルを大きく変えるまでには至っていませんでした(特に米国では)。しかし、AppleがiPhoneを発売して以来、スマホを持つことが当たり前になり、スマホなしでは社会生活が成り立たないほど、世の中に浸透してしまいました。そんな大きな変化を作り出したiPhoneの誕生を「iPhoneモーメント」と呼んで称えるのです。

自動運転に関しても同様の大きな変化が起こりつつあるように私には見えます。それを最初に感じたのは、TeslaのFSDのv12を自分で運転した時です。Teslaはv11までは、人間が書いた大量のC++コードを活用していましたが、v12からは、FSDのロジック全てをニューラルネットで構築したのです。

FSD v12はまだ完璧ではありませんでしたが、私には一つの大きな峠を乗り越えたように感じられました。それまでの「おもちゃのような」FSDとは明らかに一線を課しており、その時にエンジニアとして感じたものは、(ChatGPT発表以前に)OpenAIから発表されたGPT2.0のAPIにアクセスした時に感じたものと類似しています。

FSDの最新のバージョンは、v13.2.9ですが、これは明らかに平均的な人間のドライバーを超えるレベルにまで到達しています。3週間ほど前に2016年モデルのModel Xから2025年モデルのModel Yに乗り越えた私は、FSDを毎日のように使っていますが、かなり厄介な状況でも、そつなくこなすようになったし、安心して運転を任せられるようになりました。

ChatGPTと違って、誰もが試せるものではないため、まだこの「モーメント」に気付いている人は多くないようですが、一度FSDを体験した私は、二度とFSD無しの自動車は運転したくないし、FSDが私たちのライフスタイルにとって「なくてはならないもの」になる世の中が来ようとしていることも確信しています。

ちなみに、今回の事象は、一昼夜にして世の中に広まった「ChatGPTモーメント」よりも、数年かけて世の中を変えた「iPhoneモーメント」に似ていると思います。iPhoneが発表された2007年には、そのインパクトを理解する人は少なく、初代のiPhoneを入手したのは、ごく一部のアーリー・アダプターだけでした。

新しいものが好きな人が多い日本においても、スマホが当たり前になり、ガラケーを持っている人が「なぜまだガラケーなの?」と不思議がられるようになるまで数年かかりました。

買い替えサイクルの遅い自動車においては、FSDの浸透はスマホ以上に時間がかかる可能性が高いと思います。人々が「まだFSD無しの自動車に乗ってるの?怖くないの?」と言うようになるのは、これから10年先かも知れません。

しかし、そんな時代は必ず来ます。そして、そんな未来を見せてくれるのが、TeslaのFSDであり、Waymoのロボタクシーなのです。
=メルマガ引用終わり=

さすがは中島さん、という感じの示唆に富む考察ですね。

私はテスラのFSDを体感したことはないのですが、サンフランシスコでWaymoのロボタクシーに乗った時、「自動運転の車が当たり前になる未来が確実にくる。あとは時間の問題」と感じました。

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しかしスマホよりも買い替えサイクルの遅い自動車においては、その技術が確立されたとしても、社会に浸透するまでには相当な時間が掛かるのは、想像に難くないです

2007年にスティーブ・ジョブズが観衆の前でiPhoneを掲げた瞬間から、我々の生活は静かに、確実に変化を始め、18年後の今、スマホは我々の生活に「なくてはならないもの」になっています。

さて、自動運転はどうでしょうか?

10年スパンで考える必要はありそうですが、今から10年後の2035年にアメリカでは、自動運転車は市民権を得つつあり、道路には自動運転車と通常の車が混在するハイブリッドな形になっている可能性は十分あると思います。

・・・2035年、アメリカの都市部では、朝の通勤ラッシュにクラクションは響かない。

代わりに聞こえるのは、静かに走り抜ける電動モーターの音。

交差点では、人間がハンドルを握る車と、ハンドルがない車が言葉なき譲り合いを繰り返す。

新旧の価値観が、共存を模索しているかのように。

そして2045年。

自動運転はもはや「技術」ではなく「前提」となっている。

子どもたちは「お父さん、昔って車を人が運転してたの?」と首をかしげ、かつて運転席でハンドルを握っていた世代は、今や趣味として週末にサーキットを走ることでしか、その感覚を再現できなくなっている。

・・・どうでしょう?自分で書いたみたものの、五分五分ですかね。

そんなSFのような未来に向かって、現実は静かに、確実に変化している

そんな未来を思い描く中で、私は2つの企業に期待を寄せて投資をしています。

ひとつは、言わずと知れたテスラ。もうひとつは、トラック物流の革命を静かに進めているオーロラ・イノベーション(Aurora Innovation)です。

言わずもがな、テスラは自動車メーカーという枠を超え、「移動のOS」を握る存在になろうとしています。

注目しているのは、イーロン・マスクの描く「ロボタクシー構想」。

自家用車が日中は街を走り、収益を生む――そんな世界が現実になれば、車は単なる支出ではなく「資産」に変わる可能性を秘めています。

もしテスラがこのロボタクシーネットワークを実現し、アップルがiPhoneで築いたような「エコシステム」を作り上げれば、テスラはモビリティ界のAppleになり得る。

一方で、オーロラは、より静かに、しかし着実にインフラに根を下ろしつつあります。

彼らが注力しているのは、長距離トラックの自動運転。

都市部での複雑な運転とは異なり、高速道路を中心とする幹線物流は、自動運転の導入ハードルが比較的低い領域です。

実際、オーロラは限定されたエリアながらも、今年に入り米国で初めての商業展開を開始しています。

アメリカのトラックドライバー不足/高齢化は深刻な社会問題であり、ドライバー運賃の高騰はインフレ要因の一つです。

オーロラはその社会問題に対して、イノベーションを起こせる最前線にいることは間違いありません。

CEO、経営層も信頼に値します。

10年後、自動運転が社会に浸透し、移動と物流の概念が変わったとき――

プラットフォーマーとして覇権を握っているのは、誰でしょう?

その先頭を走るテスラやオーロラに期待し、金額は僅かながらも株主として、そのイノベーションの過程を見守っていきたいと思います。

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